新聞を読んでいると「スゴイ」と思う文章に出会うことがある。
今から20年程前の2003年、「スゴイ」と思い、自分にとって年間ベストワンに選んだものがある。それは芥川賞受賞の喜びを文章化したもので、作者は、吉村萬壱さん(当時42歳)。受賞対象となった小説は「ハリガネムシ」であった(2003年7月29日、沖縄タイムス)。
吉村さんはある喫茶店で毎日決まった席に座り、日記のようなものを書いている。万年筆でゆっくり書く。急いではいけない。そうして半ページ進むと、水に浸したティッシュのように、精神がフラットになってくる。同時にこの世界が文字によって成り立っているような気になる。いら立ちがおさまり、世界と和解する。私にとって、日記を書くことは、書道のような効用があると書いている。
受賞決定の知らせはホテルで受けたとのこと。その翌朝、テレビを観ていると、ちょうちょ(蝶々)が羽化して飛び立つ様子が映っていたそうである。蝶々はさなぎの中で一度液状化した後、形を作っていくとも書いている。
吉村さんは自分の小説もドロドロした中から生まれてきた。それが今回うまく飛び立つことができた。蝶々もうまく飛び立てるか、テレビにくぎ付けになったと、書いている。
ではどうして、この文章を年間ベストワンに選んだのか?一つは急がないで文字をゆっくり書くことの大事さ、あと一つは蝶々はさなぎの中でいったん液状化することが書かれているためである。それに何より文体に引きつけられるからである。
こうして年毎に年間ベストワンを選びたいのだが、読む量が少ないのか、途絶えたりしていた。それが今年(2022年)未だ9月初めというのに、今年のベストワンを決めた。それは、元ソ連大統領ゴルバチョフ氏死亡を報じた記事である(2022年9月1日、沖縄タイムス)。
その記事にはゴルバチョフ氏がペレストロイカ(改革)を推進、東西冷戦を終結に導いてノーベル平和賞を受賞(1990年)されたことなどが書かれている。
では氏のこのような平和思想は、どこから生まれてきたのか?このことを考えさせてくれることも新聞は報じている。
わたしたちはみんな同じ地球という惑星の子どもなのだから
氏は2001年11月、沖縄県那覇市制80周年の記念講演のため、来沖された。その時、当時の那覇市長に色紙を渡された。それには「世界には困難な問題が多いが、みんなが協力してその問題を解決しなければならない。何故ならば、わたしたちはみんな同じ地球という惑星の子どもなのだから」と書いてあった。

ゴルバチョフ氏から、那覇市長に渡された色紙に書かれたメッセージ
私はこの中の「私たちはみんな同じ地球という惑星の子どもなのだから協力して問題を解決しなけばならない」という考えに惹かれ、今年のベストワンに選んだ。そして、この考えが氏の平和思想を生んでいるのではないかと思う。鏡にしたいものである。
なお、色紙に書かれたメッセージを刻んだ碑は、現在那覇市役所東側植木の側、那覇市民憲章に並んで建てられている。


渡久 山章(とくやま・あきら)先生
1943年生まれ、宮古島出身、琉球大学名誉教授。地球化学、環境化学を専門分野に海水の化学など数々の学術や論文で受賞する沖縄の水に関する専門家。
ありのままの沖縄を感じる逸品、e-no shopはこちら