海のかなたの故郷へ想い届ける 〜那覇市・三重城(ミーグスク)〜

海のかなたの故郷へ想い届ける

 

沖縄にはお正月が3回もあるんです。1月1日のお正月と旧暦のお正月。そして、3つ目はなんだと思いますか?。答えは「グソーのお正月」。

 

グソーとは「後生」、つまりあの世のお正月のこと。旧暦の1月16日に行われ、十六日(ジュールクニチ)と呼ばれる。

 

沖縄本島北部地域や八重山、宮古のご先祖様を祀る行事だ。その日は、家族親戚一同がお墓に集まり、重箱料理やお菓子、果物、お酒などをお供えし線香を焚くのだが、島を離れた八重山や宮古の人たちは、那覇市西に位置する海辺の「三重城(ミーグスク)」に集まる。

 

鳥居をくぐると拝所が見える。

 

お客様担当の平良美枝子さん(たいらみえこ)は、宮古島出身。この日は、兄弟夫婦や子供、孫など合わせて10人余りで三重城に集まり、南西に約300キロ離れた宮古に向かい手を合わせる。「みんな集まってにぎやかだとご先祖様も喜ぶだろうと思って、グソーのお正月をするわけさ」。敷物の上にごちそうを並べ、ご先祖様があの世でお金に困らないようにとウチカビと呼ばれる紙銭を焼く。そして、ご先祖様へ報告と感謝と健康・安全のお願いをする。

 

「ご先祖様への報告」というのが印象的だ。沖縄でも島々によって、景色も文化も言葉さえ異なる。大きな決意をして故郷を出ているはずだ。「十六日」は故郷に向かい手を合わせながら、ご先祖様にはもちろん、故郷にいる家族へ「ここで頑張ってるよ。会いたいけれど帰らずにもうちょっと頑張るね」と決意を報告する日なのかもしれない。

 

今では本島から宮古までは飛行機で40分ほどだが、船の時代は大変だっただろう。

 

三重城は16世紀、琉球王国が日本や外国との貿易の中心だった那覇港と市街地を倭寇(海賊)(わこう)から守るために、港の北口に築いた。砲台もあり、船の出入りなどを見張っていた。そして、中国や薩摩(鹿児島)へ長く危険な船旅に出る大切な人の無事を祈り見送る場所でもあった。

 

穏やかな南風が急に強い北風に変わるニンガチ・カジマーイ(2月風廻り)が吹く3月2日、三重城に向かった。海に突き出ていた三重城も今では埋め立てられ、ホテルに隣接している。ホテル横の階段を登り鳥居をくぐると、中国大陸につながる大きな大きな東シナ海が真正面に広がる。右側には、拝所(ウガンジュ)。服がバタバタとなびくほど風は強い。波が荒く、琉球石灰岩でできた断崖に打ちつけている。

 

この三重城が舞台にした琉舞(りゅうぶ)がある。雑(ゾウ)踊りという芝居役者によって創作された「花風(はなふう)」。その琉歌は次のように謳われている。

 三重城にのぼて 手巾持上げれば 速船のならひや 一目ど見ゆる(花風節)

 (みぐすぃくにぬぶてぃ てぃさじむちゃぎりば はやふにぬなれや ちゅみどぅみゆる)

 (三重城に登り別れの手巾を打ち振っていたら、船足が速く一瞬しか見えないのです。)※

 

港から少し離れた三重城から、船旅に出る恋人をそっと見送る遊女の心を詠っている。恋人の無事を祈り、どうすることもできない悲しさや寂しさを心のうちに押し込めただろう。

 

ゴツゴツした岩肌に荒波が打ち付ける。岩の先端まで行き、祈る人の姿が見られたそうだ。

 

三重城は、ご先祖様、家族、故郷、そして恋人に想いを寄せる場所。大切な人を想う気持ちは歳月を経ても変わらないものだろうか。

 

勝連繁雄著『琉球舞踊の世界ー私の鑑賞法』より

この記事を書いた人

 井坂歩(いさか・あゆみ)

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